2000年前後の派遣登録者は皆「普通の人」で本当に質がよかった

派遣スタッフが10名出向しているクライアント先で自分も一緒に働いて、
”派遣会社の社員”として、自社スタッフのグループリーダーを務めていました。
同時に派遣会社とクライアント企業を仲立ちする現場駐在の営業的な窓口にもなり、
募集、面談、人選、採用に関わって人の補充や増員にも対応する。

それが、私の仕事でした。

もっと正確に言えば、採用後は新人研修も担当し、
派遣スタッフが現場の戦力として独り立ちして定着するまで、
全面的にサポートする、というのも自分の業務でした。

本来は派遣会社に面接というものは存在せず、
派遣登録時に対応したコーディネーターが
キャリア、人柄、スキルなどを見て、
複数の希望者の中から、その求人に一番ふさわしいと思った人に
仕事を紹介するわけです。

ところが私が常勤するクライアント先は、
他の事務職とは大きく雰囲気が異なり、
マイクロソフトのオフィス系の資格などは全く必要ない職場。
今思い出しても、WordやExcelが苦手な人はたくさんいたと思います。
以前、こちらにも書きましたが、そんな人より現場が欲しいのは、
真面目な人より、ネットで自在に遊んでいる人。

そうなるとコーディネーターが想像する以上に向き不向きがあり、
それはネットに精通しておらず(当時)、
実際の現場も業務もよくわからないコーディネーター達では、
あまり勘と嗅覚の働かないところだったので、応募者には、
「現場のリーダーが直接、スキルとキャリアを確認する」
というところに事前に了解をもらって、
面談と言う名の(実質的には)面接を、毎回行っていました。

職場はプロバイダーのコールセンター。
時代は2000年代の前半です。

それは、ADSLの出現や050IP電話のサービス開始、
そして、今まで従量制課金だった利用料金が、
いよいよ本格的に定額制に移行する前後のあたり。

ネットの普及と共に増大する
”人”のニーズに派遣会社の能力が付いていけなくなり、
将来的には大小多数の派遣会社が
次々と新規参入してくることになるのですが、
その頃はまだ、数社の派遣会社が、
クライアント先の意向で、部門ごとに割り当てられ、
平和に棲み分けをしていた時期でした。

わずか10名のスタッフしかいないのに、
会社が派遣先に社員を置いたのは、
ブロードバンド時代の到来でセンターが拡大し、
そのうち人数が飛躍的に増えていくことを、
企業も派遣会社も共にわかっていたからです。

・・・ ・・・

当時は派遣スタッフと言えども、
志の高い優秀な人が多く、
通常は理系の4年制大学や院卒でないと
就職できないような大手の会社で
IT系の仕事に就けるのですから、
正社員であることよりも、
その業務と環境にあこがれて応募してくる、
若い男性がそれなりにいました。

また、土日勤務と夜勤のある交代制の仕事でしたが、
屋根のあるところで机に座る仕事に就きたいと願う、
技能職系の人や、
事務系に鞍替えする足掛かりにしたい販売系の女性など、
どの人も皆、目的と意志を持って応募してきたと思います。

その頃、私の部門では、新規サービスの開始に伴って、
新たに6名の増員というめでたいオーダーをいただきまして、
部門の立ち上げ以来のまとまったオファーでしたので、
会社も力を入れ、予算を増やして広告を打ち、
6名の枠に12名の応募がありました。

面接と採用とを担当した私は、毎日人に会い、
応募者と色々な会話を交わしたうえで、
割とすんなり人選ができました。

そのメンバーもなかなか優秀な人達で、
チームワークも非常によく、
人の出入りが激しい派遣の世界では珍しく、
何年も同じ顔ぶれのまま、
一人も欠けることなく、長く働いてくれました。
グループって、構成員の質がいいと長続きするんですよね。

ですが、あとにも先にも、それがピークでした。
これ以後「人を選べる」などという状況はなくなりました。
ネットの普及にコールセンターの能力も追いつかなくなり、
センターに人を派遣している各社には、
何度にも渡って人のオーダーが出されましたが、
各社で一斉に募集を出して、各社で人を集めるので、
資源が枯渇してきた状態に近いと思います。

また、地域にはほかにもコールセンターがいくつもでき始め、
ますます、他人の奪い合いのような状態になりました。
そしてこの頃からなぜか、新規登録に来るスタッフの質も落ちてきて、
面接を担当する私の視点も、「どの人を選ぶか?」ではなく、
「変な人をどうやって見抜くか?」という点に大きくシフトしました。

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