退職希望者が多すぎて慢性人手不足、在職時はできなった就職活動

1990年代。

インターネットに押されて、
紙媒体がすっかり勢いをなくしてしまった今と異なり、
当時は求人誌にも新聞広告にも力がありました。

家計が緊迫していた私は、
失業保険をもらう気などサラサラなく、
できれば退職日の翌日には、
次の仕事先で働きたかったのですが、
あいにく、新聞広告を見ても求人誌を見ても、
これと言った募集がなく、
私はそのまま無職の日々に突入してしまいました。

辞めた仕事は、担当エリアに食材や食品を配達するものだったため、
冠婚葬祭や学校行事でもない限り、
なかなか簡単には休めない仕事でした。

自分が欠勤するときは、
自分のエリアに隣接しているほかの地区の担当者たちが、
手分けしてその日の分を配達を肩代わりしてくれますが、
お客様と言うのは、それなりに細かい要望が多々あるもので、
不在の時の置き場所や、集金方法などを、
いちいち細かくほかの人に伝えるだけで、
相当に時間がかかってしまいます。

また、伝票には自宅の住所が記載されていても、
何時までなら職場、何時以降なら自宅、と、
配達先が分かれる人や、
曜日によって、自宅ではなく実家のほうに届けてほしいなど、
どの人も、そういった個別事情に踏まえて配達をしていました。
それを、他の人にお願いするのですから、
休むにも、多大な労力を要するのです。

有給が取りにくいのは、ノルマに追われているだけでなく、
そういった引継ぎの手間暇が、あまりにも面倒だから、
というのも大きな理由のひとつだったと思います。
たとえわずか1日であっても、
自分のエリアを人に任せるというのは大変なことですし、
任されたほうの負担も思いのほか大きいのです。

そのため、その会社を辞める人達は、
退職が決まっても、転職に向けた就職活動が
ほとんどできません。

私も例外ではなく、退職して数日は、
新聞広告や求人誌に目を光らせてはいましたが、
何を見ても、あまり気乗りしなかったのは、
心のどこかで、こちらで書いた、
A社の工場に、私も勤めたい、と、
思っていたからだと思います。

ですが、いったいどうしたら、
かつての同僚のように、
A社の工場で働くことができるのか、
全く見当がつきませんでした。

同僚の協力会社の求人は探しても見当たらず、
こういうのは本当に、タイミングなのだと思いました。

 

 

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